2009年11月アーカイブ

今月の名作
スナック「兎」の壁に掛けられた『耳』
(作/三木富雄)

 

『耳』との出会い


 銀座の小粋な洋食店で行われた友人の結婚祝賀会を終えて、旧友たちだけの二次会へと突入。いい加減出来上がって、さあ帰ろうかという段取りになったその時に、新婦(!)がさらに呑もうと提案したのでした。タクシーをひろい、新婦のいうがままにたどり着いたその先が、大田区は上池台にある小さなスナックだったのです。

 ちょうど空いていたカウンターの中程の椅子に腰を掛け、焼酎をちびりちびりと飲みながら、何の話をしていたのかは、今となっては定かではありません。右隣に腰掛けている男性は、一人で黙々と本を読み続けながら、これまた一人で酒を飲んでいるのでした。新郎新婦は、狭い通路で踊りに耽っています。その時、ふと、目の前の壁に掛けられた『耳』に目が釘付けになったのです。

 それは、紛れもない三木富雄の彫刻作品である『耳』でした。何といいましょうか、昔別れた恋人と再会したかのような・・・といえば大仰すぎますし、ずいぶんな誤解も生じましょうから、言い方を変えて、幼なじみに飲み屋でばったり会ったような、そんな心持ちがしたものでございます。なんだか言葉遣いが変になってきましたが、これでもやはり誤解が多いような感じがします。ですから、もう一度言い方を変えて、「芸術」に憧れて上京した16年前の私が思い浮かべていたはずの、今ではもう記憶の断片の一つにしかすぎなくなっていた、夢の一つに再会したような・・・とでも言えば、まあ当たらずしも遠からずといったところでしょうか。

 

『耳』の記憶

 まさにそれは、作者の名前を思い出すことさえできないほどの、記憶の断片にすぎないものでした。しかし、確か十数年前に銀座のギャラリーで見た、三木富雄の一連の『耳』は、鮮烈なイメージとして覚えています。引きちぎられた耳の形をしたそれらの彫刻は、アルミ合金を素材とし、磨き上げられ、覗き込めばこちらが写るほどのまばゆさで、光輝いていたのでした。手のひらほどの大きさの『耳』は白い壁に掛けられ、白い床には長さ1メートルほどもあろうかと思われる巨大な『耳』が横たわっていました。

 三木富雄は、1938年東京生まれ。53年、東京公衆衛生技術学校に入学、中退。57年より、東京都美術館で開催されていた読売アンデパンダン展に出品。63年、内科画廊での個展などを通して脚光を浴びるようになり、以後、78年に40歳で急逝するまでのライフワークとして、『耳』を制作し続けたのです。第5回パリ・ビエンナーレ(67年)、第34回ベネチア・ビエンナーレ(68年)、70年の大阪万博では万国博美術館「現代の躍動」などにも出品しています。

 もちろん年代から考えてみても、私とはそもそも世代が違うのですが、読売アンデパンダン展と言えば、赤瀬川原平、荒川修作、篠原有司男・・・といった名前がずるずる出てきますし、「反芸術」とか「前衛」といった言葉から想像できる当時の雰囲気を、私は、実体験していないにも関わらず思い出す(?)ことができます。

 そうした記憶の連鎖の中で、『耳』が今、私の目の前に掲げられていることが、一つの疑問として浮かび上がってくるわけです。

 聞けば、スナック「兎」のマスター、坪内一忠さんもまた、かつての「反芸術」あるいは「前衛」作家・志願だったのでした。「兎」という名は、画家・中西夏之さんによる命名で、看板も中西さんがデザインしたものだとか。あるいは、三木富雄さんの作品制作の手伝いをした経験があり、実は、ここに飾られている『耳』は、作品として世に認められる以前のもので、直接頂いたものだと言います。

 聞けば聞くだけ、ため息しかつけなくなのでした。

 

『耳』の育て方

 写真を見て、この耳は、アルミ合金の光輝く『耳』でないと思われる方もきっと多いことでしょう。  しかしこの『耳』の茶色には、スナック「兎」が32年前にできてから今日までの、煙草の脂、調理の油、ホコリに煤といったさまざまが積み重なっているのです。

 ですからもちろん、地は銀色に光輝く『耳』なのです。

「一度ね、綺麗にしてあげようと思って磨こうとしたの。そしたら、ある画家にね、そんなことはしてはいけないって怒られちゃって・・・」とは、奥さんの言。

 そう。

 もし、この『耳』が、新品同様の銀色の輝きを放っていたなら、私はきっと、ここまでの感動を得ることはなかったはずなのでした。作品が生まれたその瞬間の美しさをそのまま無菌室で育てるようなやり方は、美術館にでも任せておけばよいのです。そもそもを言えば、作品が生まれた瞬間というものを、どうすれば決定できるのかが私には理解不能なのでした。

 とあるギャラリーのオーナーが、美術館をして、死体の安置所だと揶揄したことがありましたが、これは言いえて妙だと思うのです。しかし、世の中の多くの作家はなぜか、自身の作品を死体の安置所に置きたがるのはどうしたことでしょう。

 いやいや、かなり酔いが回ってきましたかな・・・。

『耳』は道具か作品か?

 思えば、写真には耳がありません。

 写真は音を記録せず、音を再生することもないのでした。だから、耳がない。三木富雄の引きちぎられたかのように見える『耳』に、深く共感を覚えたのは、もしかするとこういうところに遠因があったのかもしれません。

 しかし、ここから先は考えることを止しておきます。

 木製のカメラを作る小さな工場に取材に行ったことがあります。樹齢300年以上という朱利桜を素材とし、半年ほどをかけて一台一台を手作りするようすに、小さな目眩を覚えたのでした。その昔、運慶とかいう仏師が木から仏像を掘り出す姿を譬えて、木が自らそう望んで掘り出されているかのようだ、と言った人がいるとかいないとか。この譬えをもってすれば、まさに朱利桜が自ら望んでカメラになっていくような、そんな感じがしたものです。そして、こうも思いました。この工場の職人たちは、社会の荒波に揉まれるカメラを自身の子のように育てているのであろうと。そして、その子たちは必ずや、いずれ手元から離れて勝手に生きていくのであろうと。

 すぐに壊れてしまうカメラをもってして、それは社会が悪いからといっても仕様のないことなのでした。

 姿形はいかように変われども、ちゃんと生きている作品ないしカメラとは、それだけで美しいものなのです。無菌室で生かされている作品やカメラとは、決定的なまでの違いがあるようにも思うのです。

 さて、はたと気づけば、新郎新婦は新居に帰ってしまっています。右隣の読書家もいません。いるのは、私とマスターと奥さんだけ。時計は5時を指そうとしているところです。そろそろ帰りますかと、ドアを開けたら、しとしと雨が降っていました。

「方向は同じだから、同じタクシーで行きましょう」と言う奥さんの言葉に誘われるままに、私もやっと帰路についたのでした。

まあ当たらずしも遠からずといったところでしょうか。

今月の名作
コニカHEXR RF広告写真
(本誌3月号・裏表紙より)
写真1. 「に」は実物がないため撮影不能。「い」「ろ」「は」の撮影に挑戦してみます。
 ろ|に 
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 い|は 

 

実物とイメージと


写真2・名作「い」の物真似。 A/撮影結果(35ミリフルサイズ)。 B/撮影風景。画面右上のランプを光をトレーシングペーパーでディフューズしてカメラとストロボの正面を照明。カメラの上部と左側の白いレフ板で、ストロボの上部などを明るくしています。もう1灯のライトは背景の白い部分を照明。

 読者の多くは、すでに一度くらいはヘキサーRFを手にしたことがあるのではないでしょうか。カメラ店に陳列されたものや知人のカメラを触っただけかもわかりませんが、実物を手にしてみるのとそうでないのとでは、カメラ自体の印象はかなり違いますね。そして、もう一歩進んで、実際にカメラを購入して使ってみて始めてわかる魅力もあります。

 陳列されたカメラや知人のカメラを触るだけならタダですが、身銭を切って、自分の所有物とするのはやはり一つの冒険です。だから、高価なカメラを購入するにあたっては、広告やカタログなどの資料を集めたり、すでに使っている人の意見を聞くなどして、とにかくさまざまな情報を集めます。しかし、それらは結局、他人の意見やメーカーの宣伝でしかありませんから、自分に合ったカメラなのかどうかは、実際に購入し使い込んでみない限り判らないのが現実です。

 しかし、いろいろな人がいいカメラだと評しているのを聞くだけで、本当にいいカメラのように思えるのも事実ですし、そんないいカメラを使っているという気分があるだけでも、写真撮影が何倍も楽しくなるのも確かです。そして、そのカメラこそが自分に一番合ったもののように感じてしまいます。どこかで事実とイメージが逆転しているのですが、別にそれで深刻な問題が生じているわけではありません。人の気持ちとは本当に面白いものです。

 ところで今回の名作は、そんな憧れのカメラ、コニカ・ヘキサーRFの広告写真。正直なところを告白しておきますと、私はこのカメラを持っておりません。欲しくて欲しくてたまらないのですが、先立つものがないという現実の前に屈しているのでした。ですから、こうした企画を立てることによって、ヘキサーRFの実物を触ろうという下心が多いにあります。この文章を書いている現時点では、もう私の手元にはないのですが、実際に手にしてみて、ますます欲しくなりました。困ったものです。

 

昔とった杵柄?

写真3・名作「ろ」の物真似。
A/撮影風景。画面左下にメインのランプがあります。これをトレーシングペーパーでディフューズしてレンズとボディ前面を照明。ボディ上部と側面はレフ板で光を宛てています。
B/セッティングのポイント。カメラをこのように浮かすことで、背景の明るさや濃さを自在に調整できます。
C/撮影結果(35ミリフルサイズ)。

 広告写真には、あらゆる撮影技術を駆使して、商品のイメージを創造し、それを消費者に伝え、購買意欲をかき立てるといった役目があります。最近ではコンピュータ技術も多用されるようになり、普通の撮影方法では不可能なイメージを作り上げることも少なくありません。そんなものは写真じゃないという考え方も一方にありますが、しかし一般の消費者はそれを写真として見ているのは事実です。この隙間にこそ、広告写真の面白さと難しさがあるような気がします。

 二度目の告白になりますが、10年以上前、たった半年だけ個人の広告写真スタジオで働いていたことがあります。それも、今回の名作と同じようなカメラの写真を多く撮影しているスタジオでしたから、ある程度はこうした写真の撮影方法の見当がつきます。しかも運のいいことに、現在は自分のスタジオもありますから、本気で挑めばほぼそっくりの写真を撮影することができるはずです。

 ただ、私のひねくれた根性は本気というのにかなりの抵抗を感じるわけでして、というよりも本気で挑戦して見事失敗となるとかなり傷ついてしまう繊細な心の持ち主(?)ですから、次のような条件をつけて、その中でどこまで名作に肉薄できるかを試してみることにしました。

 その条件とはただ一つ。読者にも可能な撮影であること。これだけです。細部を箇条書きにしてみます。

  • 1)カメラは通常の35ミリ一眼レフ。レンズは焦点距離105ミリの接写用レンズを使用しました。
  • 2)インスタント写真によるチェックは行わない。ファインダーで確認するだけの一発勝負。無論、段階露光は行います。
  • 3)ライトは写真用電球。300Wを2灯。内1灯は背景用。つまり、ヘキサーRFを照明するのは1灯のみ。
  • 4)背景にはグラデーションのついた紙を使用。本当は使いたくなかったのですが、限界を感じて致し方なくという次第。
  • 4)ディフューザーにはトレーシングペーパー。レフ板は白紙。
 さて、そうはいっても、撮影風景の写真を見てもらえば判るとおり、ほとんどの読者には無理と思えるようなセッティングになってしまいました。いやぁ、大変だったんですから。本当に。

 

真似して学べること

写真4・名作「は」の物真似。
C/セッティングのポイント。長さの異なるレンズの前面が揃っているということは、つまり上げ底にして撮影しているってことです。
B/撮影風景。背景紙の上に直接置いて撮影したためランプは1灯。被写界深度の確認を怠ったので奥のレンズは少しピンボケになりました。ランプの位置調整もちょっと手抜きをしたため、コーティングの色再現がかなり違っています。
C/撮影結果(35ミリフルサイズ)。

 結果からいうと、まあそこそこ満足のいく出来ばえにはなりました。もちろん、名作と直接比較すれば細かな違いはいくらでも発見できますし、そうしたところに、名作を撮影した人たちの「意図」や自分にはできなかった「技術」を見いだすこともできます。

 しかし、もっと大切なのは、真似てみることにおける試行錯誤の方ではないかと思いました。なぜかというと、それは写真には写らないものだからです。少し詳しく述べましょう。

 大局的にいえば、今回の物真似は、同じヘキサーRFに対してどのような照明を与えるか、どのような角度から撮影するか、という2点だけの課題です。しかし、これだけの課題がいかに難しいか、というのは実際にやってみないことには決して判りません。

 それは、自分の先入観を少しづつ修正して、さらに自分なりのアイデアを付加していくだけに過ぎないのですが、だからこそ、もともとあった先入観に基づくイメージは、最終的な撮影結果には全く反映されないのです。なぜかというと、それを消していくのが、物真似の一つの本質でもあるからです。

 しかし、こうした試行錯誤によって学びえたものは、私の記憶の中に残っています。私の手の技術として、次の撮影に反映することもできます。他人には判らない、伝わらないからこそ、自分だけには価値がある。だからこそ、大切なのです。

 

写真の困難


 かように広告写真というのは、撮影が難しいのが普通です。あちらが立てばこちらが立たず、という場合でも、両方の中間をとるのではなしに、両方共を立たせることが要求されるのが、広告写真の世界だと言えます。広告に限らず、プロの世界とは常にそうした不可能への挑戦にこそあるのでしょう。

 しかし悲しいことに、広告写真を見る人は、決してそんな風に写真に向かわないのが普通です。一般の消費者は、その写真を撮影するのに人がどれだけ苦労しているのかを見るのではなしに、その先にある商品を、もっと言うならその商品を手に入れることで実現できる自分の未来を夢見ているのです。

 いや、だからこそ、消費者に夢を見させ続けるために広告写真家は常に不可能に挑戦し続けるのでしょう。もちろん、これは広告に限った話ではなくして、作品としての写真や芸術としての写真にも共通しているスピリッツのはずです。

 ただ、すくなくも、私たちは写真に対して一般の消費者とは少し違った場所にいることは確かなことです。だとしたら、広告写真を、一つの写真作品として、あるいは芸術作品として、別の角度から鑑賞してみることで、今までには知り得ることのなかった写真の奥深さを発見できるように思います。

 皆さんも、試しに物真似をやってみませんか? もしかすると、どこから真似ればよいのかさえ判らなかったりするはずですが、それだけ得るものも多いはずです。