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12.人生の対数目盛り


 多摩美術大学の課外授業で学生たちが撮影した写真です。写っているのも、もちろん学生たち。

 かわいいでしょう。皆。

 しかし私、写真撮っていません。

 実は、本来の授業とは関係なく希望者のみを集め、我がスタジオに学生たちを集め、お互いに写真を撮って撮られることを体験してもらったのでした。しかし何ですね。ちょっとお遊びで、一緒に写ってみたりすると、なんともはや、自分自身の「お父さん」ぶりに目眩を覚えてしまいました。

 くらくら~って。

 不惑不惑といいながらも、それでも多少は若いと思っているのです。

 しかしねぇ。

 学生たちのほとんどは二十歳ほど。ぎりぎり未成年も多数います。

 少し早い結婚をしていれば、実際にこの年齢の子供がいても不思議はないのでした。

 論より証拠が、この写真。

 いや、私の娘ではありませんよ。念のため。

 しかし思えば、同級生の友人の一人は痛風が発覚し、別の者は仕事のストレスからくる過換気症候群になり、また別の者は原因不明の手足のしびれに悩まされ始めています。介護保険料の支払いも始まりました。不惑とは、こうした年齢でもあります。  そして学生たちは、この不惑の四十を2で割った、二十歳。

 

▼顔と人格は一致するか?  現在、この学校で教えている学生は20人あまり。授業はまだ一回しかやっておりませんから、学生の顔と名前など、まるで一致しません。

 もっとも、授業は年内、数えて11回を残していますから、いずれは、といった期待がないわけではありません。しかし、なんといってもこの記憶力の貧弱な私の脳味噌のこと。どこまで覚えられるやら、ちょいとお寒い状態。

 ところが、面白いもので、スタジオで実際に撮影し、各々が写された1本ずつのフィルムを見ていると、そこになんとなくその個人らしさが見えてくるように思えたのです。1本といっても、ブローニーサイズの6×7判ですから一人あたり10カット。

 さらに、撮影の条件として10カット全て異なるポーズなり表情をする、と決めています。実は、これがなかなか難しいのでして、大勢が見ている真ん中でライトを浴びて立つだけでも緊張するのに、そこでいろいろポーズするなんてことは、彼らの経験の中にはまずありえない状況なわけです。

 ですから赤面したり、身体が硬直化したりする学生も少なくありません。とはいえ撮影しているのも同じ学生ですし、あーだこーだとやっている内に、あれやこれやのポーズや表情で写る。いや、写ってしまうといった方がいいでしょうか。  そして一人あたり10カットの写真が仕上がります。

 撮影されている時の態度などを一人一人端から観察していると、それぞれ一人一人の性格が少し判ります。そして、実に興味深いことに、実際の印象と、写真のイメージから受ける印象が、案外近いことに気づきました。

 ですから、記憶力の乏しい私でも、これらの写真を見直すだけで、顔と名前、さらに性格までもが一致します。いや、名前は別に記しておかなければ直ぐに忘れますが、顔と性格はかなり正確に一致します。

 これは便利。

 しかしもちろん、私が見抜くことのできる性格なんて、薄っぺらなものです。隠れた才能を見抜くなんて技は、一切持ち合わせておりません。

 てなわけで、ここで実は、次回の課題を思いつきました。つまり、「偽の履歴書」を提出させてみよう、と。

 本来、履歴書とは、まじめに事実のみを記載するものですが、それはそれとして、ここでは、自分が本来なりたかったはずの姿だったり、全く違った人生を歩んでしまった自分を想定してみるわけです。

 さて、どのような作品が提出されるでしいうか。今から楽しみです。

 

▼二十歳の頃。  3月19日生まれの私は、二十歳になって直ぐ工業高専を卒業し、就職しました。就職試験の面接で一つ記憶に残っている対話があって、面接官の「どのような部署に就きたいか?」という質問に、次のように答えたのでした。

「いろいろな部署を経験し、自分に向いていると思えるところを探したいです。」

 即座に面接官。

「そんな余裕は会社にはありません。」

 さすがに、

「そんな余裕のない会社には勤めたくはありません。」

 などと切り返せるほどの蛮勇の持ち主ではありません。

 英語の試験など、問題が英語で記されていましたから、一問も解けるはずもなく、かなりの見込み薄。しかし学校側の推薦と毎年入社させる定員みたいなのがあったようで、不思議なことに合格。

 入社式だかの時に、新入社員は始めのうち会社に育てられるのであって、社員として会社に貢献できるようになるためには、最低でも3年はかかる。すなわち、この3年間、会社は君たちのために投資をしているのだ。と言われたことも覚えています。  この時、密かに私は、もしそうだとしたら3年目で辞めるのが私自身にとって一番得なのか、と考えたことも覚えています。  まさか、この考えを忠実に実行したわけではありませんが、3年後に退社。

 退社にあたっては、同期で入社した先輩たちが、いろいろ助け船を出してくれました。それなりの大手でしたから、結構くだらない笑い話もあるのですが、ま、これはお酒の場にでも。

 辞めてから、今年で17年。つまり、上京してから17年ということでもありますが、私が退社したこの時に、桑沢の学生たちはまだ3歳くらいだったかと思うと、感慨もひとしおです。

 時代は、変わりますね。

 全くもって予測不可能な方向に。

 そして無情にも歳だけはとっていく。

 

▼人生の折り返し地点。  屈折した性格という表現があって、それをもじって、真っ直ぐに屈折した性格というお笑い系の言い方も20年ほど前にはあったように思います。

 しかしまあ、人生、紆余曲折。真っ直ぐに生きられる人はうらやましい。というか、きっとそんな人は、世の中の方をこそ曲げて生きているのではないかと詮索してしまいますが、どうでしょう。

 とまれ、これまで何度か書いたように、平均寿命八十歳として、不惑の今年は、そのちょうど中間地点に当たります。土台からいうなら、平均寿命とは、単純平均であって、一人一人の寿命計算にとって、何ら参考になるべき数字ではないのですが、それでも気になる数字ではあります。

 この図式で人生をマラソンに譬えれば、まさに折り返し地点。

 このあたりでもう一度、これから先を静かに考える時期としても、そう悪い話ではないように感じています。

 そして、その半分である二十歳の頃もまた、そうした時期の一つではなかったでしょうか。家庭や学校による庇護の元から出、社会の荒波に揉まれ始める季節でもありますものね。

 話は少し変わるのですが、十年ほど以前より懇意にさせていただいている、撮影用照明機材の会社の社長がいます。

 生まれは私の出身である愛媛県のお隣の香川県。しかも同じような会社に勤めた経験がありますから、なんとなく通じ合えるところがある、と私が勝手に想像しているだけなのですが。

 御歳七十四。おおざっぱで誠に失礼ですが、約八十ということにしましょう。四捨五入でもこうはなりませんけれど。

 その社長から電話がありまして、

「久門さん、昼食でも。」

 即座にお受けし、銀座で鰤の照り焼きを頂きました。

「安いもので恐縮ですなぁ。」と社長。

「いえ、あそこのは旨いですから。」とか何とかいいながら、大手化粧品会社が経営している洒落た喫茶店へ。

「いやあ、本当にいい時代になりましたなぁ。そう思いませんか? 久門さん。」

 氏にとっては、そうなのです。昨年、奥さんに先立たれたのには、相当堪えたようですけれども、今や会社は順風満帆。時代を先取りした照明器具の発案と特許取得。もっとも、これは創業当時より貫かれている社風なのですが、このデジタル化の流れすらもこの会社にとっての大きな追い風になっているのですから。

「そうでしょうか? 私にはわからないんです。これから先、写真の社会的な意味が変わることだけは確信しています。しかし、それが一体どこに向かおうとしているのかが全くもって見当つきません。」

 これは私の人生の残りが約四十年として、それが全く読めない気持ちの表現です。

 失礼を承知を上で、氏が語るよい時代の裏側を、私の勝手で氏の言葉より拝借すれば、

「まあ、私なんか先が決まってますからなぁ。」

 となるわけですが、しかし氏はその先を見通していらっしゃるのも確かです。要は、私が時代についていけない事実だけが照らしだされる始末。

「久門さんは、未だ一人?」

「はい」

「もう大丈夫でしょ。写真家いうたら、奥さんに稼がせとる人も多いけどなぁ。もう大丈夫でしょ。」

 こう言われると余計不安になる私は天の邪鬼です。

 しかしまあ、ここまで来てやっと役者が揃いました。二十、四十、八十。

 倍々という数字の並び。

 これ、写真にとっては非常になじみ深い数字の系列ですね。シャッタースピード、絞り、フィルム感度などなど。

 数学で、対数といいますね。

 もしかすると、人生設計も、単純な物差しでなく、この対数で考えた方がいいやもしれません。そうすれば、坂道を転げ落ちる小石のように歳をとることは、決してないのですから。

 曰く、一歳の次は1年後の二歳。三歳はその2年後。四歳はその4年後・・・。

 してみると、今の成人は5歳ちょっと。

 不惑は六歳ちょっと。

 氏ですら七歳ちょっと。

 なんとはなしに、目盛りが人間的なようにも感じたりするのですが。

 でもって八歳ともなれば、これはもはや前人未到(おそらく)。なんつったって、普通にいう百二十八歳ですからね。

 こうなりゃいっそのこと、そこまで生き続けますか!