どこまでが本当で、どこからが嘘かは、私は陳述いたしません。
読者の想像のままに。
そしてまた、今回掲載している写真の数々は、この文章とは一切関係がありません。これは念を入れてのお願いです。とはいえ、読者はあれやこれやと想像してしまうのでしょうが・・・。
ま、読者のお望みのままに。
不惑の独身者。
汚らわしいですねぇ。
しかし今や、一国の総理だって、長野の県知事だって、独身者です。
独身貴族ですか?
ま、よく言えば孤高とでも。
おとなしそうな30代前後の男性からの電話があって、彼の注文とは、次のようなものでした。
「歳も遅く結婚したので、二人で愛しあっているところをぜひ記念に残しておきたいのです。」
そのこころは、と問えば、
「いつお互いが亡くなっても、この幸せを忘れないで済みますから・・。」
泣ける話ではありますが、結局この夫婦、いらっしゃいませんでした。
そのこころは、と振り返れば。
手と手をつなぎ合って、キスをしてキスをしてキスをして、抱きあって抱き合って抱き合って・・・。何時間でもそのままで、ただ幸せ。
でも、これは写真に撮るよりは、実際に体験するのが一番。写真じゃないというのが、私の信念です。
若い頃にはお世話になったくせに。
それは言わない約束でしょう。
岩波書店の「図書(2000年9月号)」の田辺聖子さんの『武玉川・とくとく清水(四)』より引用させて頂きます。
(前略)
しかし男はどうか。四十とは難儀な年で、どっちつかずだ。
四十ほどはしたな年はなかりけり
まだ年も四十でいると面白き
四十へ飛ぶは早い一年
初老といい条、老いたとは思えぬ。煩悩も失せず、雄心勃勃の逸り気もあり、相応の体力も残るが世間智も分別もつく年頃。男たちは四十に惑う。しかし女房でないよその女の四十が蠱惑的なのはどうしてだろう。
うつくしい女の四十ものすごき
(以上)
語り尽くされていますですね。
今月、我が不惑は退散するしか致し方ありませんですね。
読者の想像のままに。
そしてまた、今回掲載している写真の数々は、この文章とは一切関係がありません。これは念を入れてのお願いです。とはいえ、読者はあれやこれやと想像してしまうのでしょうが・・・。
ま、読者のお望みのままに。
私が独身者である、という事実はおそらく多くの読者には初耳のことでしょう。
不惑の独身者。
汚らわしいですねぇ。
しかし今や、一国の総理だって、長野の県知事だって、独身者です。
独身貴族ですか?
ま、よく言えば孤高とでも。
我がスタジオにはいろいろな方がいらっしゃいます。中でも一番、腰を抜かしそうになった話を一つ。
おとなしそうな30代前後の男性からの電話があって、彼の注文とは、次のようなものでした。
「歳も遅く結婚したので、二人で愛しあっているところをぜひ記念に残しておきたいのです。」
そのこころは、と問えば、
「いつお互いが亡くなっても、この幸せを忘れないで済みますから・・。」
泣ける話ではありますが、結局この夫婦、いらっしゃいませんでした。
このところ夕刻になると、スタジオのドアのカーテンを締め、鍵を掛けるのが常となっています。
そのこころは、と振り返れば。
手と手をつなぎ合って、キスをしてキスをしてキスをして、抱きあって抱き合って抱き合って・・・。何時間でもそのままで、ただ幸せ。
でも、これは写真に撮るよりは、実際に体験するのが一番。写真じゃないというのが、私の信念です。
若い頃にはお世話になったくせに。
それは言わない約束でしょう。
不惑。
岩波書店の「図書(2000年9月号)」の田辺聖子さんの『武玉川・とくとく清水(四)』より引用させて頂きます。
(前略)
しかし男はどうか。四十とは難儀な年で、どっちつかずだ。
四十ほどはしたな年はなかりけり
まだ年も四十でいると面白き
四十へ飛ぶは早い一年
初老といい条、老いたとは思えぬ。煩悩も失せず、雄心勃勃の逸り気もあり、相応の体力も残るが世間智も分別もつく年頃。男たちは四十に惑う。しかし女房でないよその女の四十が蠱惑的なのはどうしてだろう。
うつくしい女の四十ものすごき
(以上)
語り尽くされていますですね。
今月、我が不惑は退散するしか致し方ありませんですね。



