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8.緊急特別企画!? 真夏の真昼の夢の話。

 どこまでが本当で、どこからが嘘かは、私は陳述いたしません。

 読者の想像のままに。

 そしてまた、今回掲載している写真の数々は、この文章とは一切関係がありません。これは念を入れてのお願いです。とはいえ、読者はあれやこれやと想像してしまうのでしょうが・・・。

 ま、読者のお望みのままに。

 

 私が独身者である、という事実はおそらく多くの読者には初耳のことでしょう。

 不惑の独身者。

 汚らわしいですねぇ。

 しかし今や、一国の総理だって、長野の県知事だって、独身者です。

 独身貴族ですか?

 ま、よく言えば孤高とでも。

 

 我がスタジオにはいろいろな方がいらっしゃいます。中でも一番、腰を抜かしそうになった話を一つ。

 おとなしそうな30代前後の男性からの電話があって、彼の注文とは、次のようなものでした。

「歳も遅く結婚したので、二人で愛しあっているところをぜひ記念に残しておきたいのです。」

 そのこころは、と問えば、

「いつお互いが亡くなっても、この幸せを忘れないで済みますから・・。」

 泣ける話ではありますが、結局この夫婦、いらっしゃいませんでした。

 

 このところ夕刻になると、スタジオのドアのカーテンを締め、鍵を掛けるのが常となっています。

 そのこころは、と振り返れば。

 手と手をつなぎ合って、キスをしてキスをしてキスをして、抱きあって抱き合って抱き合って・・・。何時間でもそのままで、ただ幸せ。

 でも、これは写真に撮るよりは、実際に体験するのが一番。写真じゃないというのが、私の信念です。

 若い頃にはお世話になったくせに。

 それは言わない約束でしょう。

 

 不惑。

 岩波書店の「図書(2000年9月号)」の田辺聖子さんの『武玉川・とくとく清水(四)』より引用させて頂きます。

(前略)

 しかし男はどうか。四十とは難儀な年で、どっちつかずだ。

 四十ほどはしたな年はなかりけり

 まだ年も四十でいると面白き

 四十へ飛ぶは早い一年

 初老といい条、老いたとは思えぬ。煩悩も失せず、雄心勃勃の逸り気もあり、相応の体力も残るが世間智も分別もつく年頃。男たちは四十に惑う。しかし女房でないよその女の四十が蠱惑的なのはどうしてだろう。

 うつくしい女の四十ものすごき

(以上)

 語り尽くされていますですね。

 今月、我が不惑は退散するしか致し方ありませんですね。