titlill

1.浅草散歩


 めでたいことなのか、そうではないのか、自分では判断のつきかねるところですが、本年、私、不惑を迎えます。

 不惑。

 四十にして惑わず。

 うむ。

 いや、そんな高級な精神論より、人生八十とすれば、そのちょうど中間地点。折り返し地点といったほうが現実味を感じる、まだまだ小僧です。

 しかしいずれにしても、このあたりで今までとは違った写真の楽しみ方を開拓しておくのも損はないな、と決意を固めた次第。ま、今までとは違うって言っても、たいていのことは、先人がやっていてくださいますから、ここはもう人目を気にせず、自分一人で悦に入るだけの話。

 淫するって言葉がありまして、新明解国語辞典によれば、惑わすことが出来ないほど、意志が強いという意味もあるんだそうです。不惑そのままです。もちろん、この言葉は一般的には、何かにふけって悪い結果を生じた過程の、その根源となった感情の有り様を指します。つまり、ここで解説されている意志の強さとは、実をいうと意志の弱さの影絵にすぎないのですね。

 しかしまあ、細かな詮索はやめておきましょう。何とすればこの連載、読者にお見せするためのページなんです。私一人で悦に入るだけ、はあらかじめ禁じられております。

 初っぱなから、自己矛盾の気配が濃厚になってまいりました。下手に惑わないうちに始めることと致しましょう。

▲小沢昭一さんの浅草案内

 若い人はあまりご存じないかもしれませんが、年配の方にはとても有名ですね。小沢昭一さん。1929年、東京生まれ。しゃぼん玉座主宰。芸能に関する著作やビデオも数多く出されています。

 ラジオ番組「小沢昭一の小沢昭一的こころ(TBSラジオ系)」は放送開始後25年目を迎えているのだそうです。それからかなり以前、カメラ毎日に写真を発表なさってたこともあったよう記憶しています。

 とにかく芸能に関しては、おそろしいほど幅広い知識と見識と探究心をお持ちで、無論、語りも文章も大変味わい深い方です。そして、著作の一つに『ものがたり 芸能と社会(白水社)』がありまして、その第十一章「芸能の社会学」は、浅草、吉原あたりを社会見学するといった体裁で、芸能と社会の関係の深みを楽しく語ってくれています。

 しかも親切なことに地図までついておりまして、一度は足を運びたいとかねてより念じていたのでした。

 しかし、以前にも申しましたとおり、私、ひどい出無精でして、だから、念じるだけ。しかも、全くもって芸能通ではありません。ただ、ただ、本を何度も何度も読み直す内に、ついもう何度も足を運んだような気分になって満足していたのでした。

 ここで不惑。

 かなり強引なんですが、これを機に足を運んでみようと決意してみるのです。でもねぇ。一人で行くのはやはり気が重い。だから、若くてかわいい女の子を誘って、社会見学。もとより不純な気配がなきにしもあらずですが、それまたよろしと、軽く開き直り。

 しかし、ここですでに本末は転倒してしまっているのですね。目的は? 逢瀬か、浅草観光か、芸能の社会学か、あるいは写真か? 写真が最後に来るあたり、かなり危険。でもまあ、それまたよろしかろう。と、これはもはや投げやりといっていいでしょう。

 経路を簡単に紹介しておきます。

 浅草寺はもちろん雷門から入り、仲見世を通り抜けてお参りをしたら、浅草寺右手奥にある浅草神社へ。確かに文中にあるよう、ここまで来れば観光客など一人もいません。お女郎さん、職人、役者、文人の碑を拝み、裏手に回れば被官稲荷。山東強伝机塚などを横目に、言問通りに出ます。

 馬道交差点を渡り、言問橋のたもとをぐいと左に折れると、あとはほぼ一直線に、旧吉原を目指します。

 しばし歩いて、吉原の入り口に立つ見返り柳を左へ曲り、目隠しのためにくの字に曲がった五十間通り(衣紋坂)を抜けると、旧吉原大門。大門といっても目立つ碑など一つもないのですが、ここから先は、かつての吉原を思い浮かべつつ、現在の風俗街をしばし散策。

 吉原を出たら、樋口一葉旧宅跡、そして樋口一葉記念館、さらには鷲神社、吉原弁財天を訪ねて小さな旅の終わり。

 総延長、たかだか4キロメートル強。しかしその内容の濃さといったら・・。

 正直、素養の無さが悔やまれます。というわけで、無責任な話ではあるのですが、それぞれの解説は、小沢昭一さんの本に譲ります。なぜって、解説を加えようとすると、小沢さんの本を書き写すしか能がないのです。情けないですが、仕方ありません。


▲写真の撮り方がわからない。

 由夏さんとの待ち合わせは、午前11時に神谷バー前。とりあえずは近くの喫茶店でお茶しまして、まずは腹ごしらえと、お好み焼きの染太郎へ。

 そろそろ写真を撮らなきゃと思い、カメラの準備をするのですが、はて、何をどう撮ればいいのかと、こんな初歩的なところでつまずいてしまったのでした。

 いつもの仕事のように、彼女をモデルにして撮れば事足りるというのではありません。だからといって、浅草観光の記念写真だけではページがもちません。小沢さんの案内による芸能の社会学をするには、素養が足りません。

 ないない尽くし。

 はて。

 これをもって、主体性の喪失というのかどうかは知りませんが、何をどう撮るかは、何をどう見るかに近いわけですから、撮り方がわからないのは見方がわからないことに等しく、つまりはそういうことになるでしょう。

 困りましたね。

 そこで再び、不惑。

 こうなったら、成り行きまかせにするしかありません。モデル撮影あり、記念写真あり、社会学ありのごった煮です。

 しかし、これらを逆に考えてみれば、写真って、その目的によって、撮り方の流儀がいろいろあって、結構不自由なものだと思うのでした。撮り方もそうですが、見方の規定もいろいろあります。

 たとえば、これを逢瀬の記録として撮るとしてみましょう。写真に淫するという意味では、これが一番かもしれません。後で写真を見返して、自分一人で悦に入ることができるのは、こういう写真に限るような気がします。

  しかし、面白いことにこの場合、彼女や自分をモデルとして対象化、相対化できませんから、写真としてはあまり見栄えのしないものになってしまうのです。見栄えのするイメージにするには、演出や演技が少なからず必要です。しかし、これをやってしまうと逢瀬という意味合いが薄れてしまいます。二律背反。

 これは写真を見る側から考えても同じでしょう。写真のイメージが、まるでモデル撮影会のようだったとしら、誰もそれが秘密の逢瀬だとは思わないはずです。使い切りカメラで撮影したような、あまりうまくもない、どちからというと下手な写真のほうが、それらしく見えるのです。

 面白いものです。でも、これを逆手にとって、例えば配偶者や恋人に、逢瀬の存在を知られたくないなら、モデル撮影会のような写真を撮れる技術を身につけておけばいいわけです。

 ええっ? 

 冗談ですってば。

 観光の記念写真もそうですね。旅行雑誌やパンフレットなどに見ることのできる、作られたイメージの写真は、自分たちではなかなか撮れません。たとえ撮れたとしても、そこには現実味がなく、どちらかというと、写真を撮るために苦労したという印象の方が鮮明になってきます。撮影の技術もなく、ただ下手なだけの写真に感じる生っぽさの、裏返しの効果とでもいえましょうか。

 しかし、だとしたら、私たちの現実はいつも下手な写真でしか彩れないってことになるのでしょうか? うむむむ。

▲久門 易の撮影技術案内。

 さて、読者の中には、この記事を読んで、自分もやってみたい~。なんて思われる方もいらっしゃるでしょうから、簡単に撮影機材やフィルムについて紹介しておきましょう。

 まず、写真を撮ることだけが優先するわけではありませんので、できるだけ軽装備にしたいですね。今回は、28~105 ミリズームレンズ付きの一眼レフと、彼女用のコニカ・ヘキサーの2台のみ。でも、やってみて思ったのですが、一眼レフでなくても十分という印象を受けました。レンズは、やや広角のが一本あればOKでしょう。ズームレンズは確かに便利ですが、単焦点レンズで足を使う方がいい気分かと思います。

 今回は、不安だったので三脚まで持って行きましたが、これは大失敗。重いだけでした。カメラブレや被写体ブレもそれなりの味わいとして楽しむ方向で仕上がりの写真を見て考えるのが得策でしょう。あと、できるだけ内蔵ストロボを使わないで撮影すると、より自然な感じのイメージになります。もちろん、照明によっては色がヘンになりますが、これまた味わいと考えます。

 フィルムは森羅を10本使いました。ISO100のリバーサルフィルムですが、これは印刷を考えたため。本数の多さにびっくりされる方は少なくないはずですが、かなり幅広く段階露光をしているので、実質的なカットはこの1/3以下です。それでもやはり多いと思われるでしょうか。ネガフィルムを使えば露出違いにもかなり幅広く対応できるので安心ですし、フィルム本数も少なくて済むでしょう。

 考えてみれば、写真の初心者に戻ったような装備で、とにかく撮りまくるってところでしょうか。というか、普通ならやっちゃいけないことばかり書きつらねたようで恐縮です。

 さて、写真が仕上がったら、その中からいい感じのカットだけを選んで編集。去年の連載で何度か触れましたが、時間の流れに忠実に従う必要はありません。写真を順番に見て、楽しい感じになればそれでいいのです。編集という作業によって、一枚一枚の写真の意味あいがガラリと変わることに驚かれることでしょう。写真は、おおいなる嘘つきですから、その嘘を楽しめるようになりたいものです。

 ま、ご参考まで。

▲そして夜は更けて。

 由夏さんと一緒に吉原まで歩いた後、友達の亜希子さんも加わって、なんやかんやで夜は更けて、やっぱり三脚なんぞ持っていくんじゃなかったです。役に立ったのは、神谷バーの外観写真だけ。これだって、三脚なんかなしでもどうにかなってたような気がします。肩の荷が重いだけでした。まったく。

 しかし、いったいぜんたい、なんだったんでしょう。仕事といえば確かにそう。でもこれらの写真でもって何かを表現しようなんて企みは微塵もありません。単純にいえば、社会見学で、浅草観光で、逢瀬にはほど遠いけれど、デートくらいには見えるでしょう。写真は、口実にしかすぎないものだったかもしれません。

 そしてまた、この記事は読者にとってどういう意味を持ち得るのでしょう。技術案内は多少役に立つかもしれませんが、これは部分でしかありませんし、正直いいますと正式とは言いがたいものです。記事の全体像ということでいえば、本当にわけがわかりません。いいんでしょうか。こんなことで。

 なんとなくは、へんなオヤジのお道楽ってな印象すらしますが、こんな記事が一年続きます。どうか、よろしくお願いいたします。