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10.「遺影」を考える。

 この連載の始めの頃に、「笑う寿像・展」について少し触れました。意外というべきか、当然というべきかは、少々迷うところですが、各方面からさまざまな反響がありました。先日は、そのとどめ、と言っては語弊がありますが、とある斎場の設立にも関わりました。

 高齢化社会、尊厳死、安楽死、脳死、臓器移植といった具合に、「死」を巡る話題には事欠かない昨今です。でも、それらを我が身のこととして、等身大で考えられるかというと、なかなか難しいのが現実ではないでしょうか。時折、変化の兆しを感じることはあります。とはいえ一進一退、先に進んでいるように見えて、その実、後戻りしているような気配がないでもありません。今回は遺影について、私なりにもう一度考えてみたことの報告です。

写真展・後記。


写真上/新宿コニカプラザ東ギャラリーでの『笑う寿像・展』(98年3月)
写真下/モリアルホール・さくら会堂での『笑う寿像・展』(99年7月)

 

「笑う寿像・展」は、去年の3月に新宿コニカプラザで開催させて頂いたものです。もちろん、駅前写真館の宣伝といった意図が露骨に感じられることは否めません。しかし、この写真展がいわゆる写真表現としてほとんど評価されなかったのは、ちょっと残念でした。

 だってそうでしょう? いわゆる写真表現だって、別の角度から見れば作家および作家の仕事の宣伝なんですもの。文化事業などという口実は、原則として私は信じません。

 それでも来場してくださった人々の多くから、「感動した」とか、「やっぱりこういうのでなくっちゃね」といった肯定的ないい評価を得られたのは、とても嬉しいことでした。というのも、以前、何度か開催した写真展ではほとんど一切、直接的な反応が返ってきませんでしたから。

 本当に、写真で人を感動させることができるんだ!と、私の方が感動したくらいです。でも、よくよく考えてみると、見ず知らずの人さまの遺影に「感動する」というのも妙ではありますが。

 ただ、好意的な感想が多かった割りに、実際にその直後、ご自分の遺影を撮りに来られたのは、結局、お一人だけという大変に寂しい結果に終わりました。電話での問い合わせはかなりあったのですが、新聞に紹介された記事の中の「写真展は入場無料」をどうした加減か、「会期中は撮影無料」と勘違いした方が多く、受付の女性たちを困らせました。また、手元の写真を送れば綺麗な写りの写真に仕上げてくれると思っている方もおりました。まったくもってパッとしません。

 もっとも、「いずれそのうちに」と考えている方は少なくないのかもしれません。しかし、少し考えたら判るように、実際に「死」を意識し遺影の必要を切実に感じた後で撮影した場合、「元気そうな笑顔の写真」を撮るのは至難の技です。

 思い立ったが吉日と、気楽に考えた方がいい結果を得られやすいのは確です。もちろん年齢は関係ありません。ですが、そうはいっても、こうした問題はできるだけ先送りしたいのが人情でしょう。それに加えて、写真館のイメージが、決して気楽なところではないことも、遠因の一つでもあるのでしょう。

業界、さまざま。

写真①「祭典新聞」に掲載された記事。
写真②写真館の業界誌「スタジオ・NOW」の掲載記事。
写真③日本顔学会のニューズレター「J・FACES」の掲載記事。

 

 展覧会が終わってから、写真館の業界誌からの取材を2件受けました。この取材をもって始めて、こういう業界誌があることを知りました。多分、一介のアマチュア出身がフリーカメラマンを経由して写真館に到ったことが大きく影響していると思います。写真関係の雑誌と言えば、アマチュア向けの月刊誌や本誌のようなものしか、眼中に無かったのでした。

 ただ、同じ写真の業界内とは言え、写真に対する認識が全くといっていいくらい違うことに驚きました。もちろん、違っていなければならない部分があることは理解できます。しかし、もう少しお互いが近づく必要があるのではないか? が、偽らざる感想です。

 それから、今年の春になって、「サイテンシンブン」から取材申込みの電話が入りました。シンブンは新聞だとすぐに判りましたが、サイテンが判りません。聞けば「祭典」らしいのですが、「祭典新聞」と頭の中で書いてますます訳が判らなくなってしまいました。

 常識のある方ならすぐに直観するのでしょうが、要するに葬儀関連の業界新聞だったのです。

 渡りに船、と思われる読者は多いかもしれません。

 しかし、これは業界新聞ですから、当方の顧客となって戴けるはずの一般の人々の目には触れないのですね。どちらかというと、同業者に対してネタをばらしているような性格の方が強いのです。これは、先の写真館の業界誌も同じです。駅前写真館にとっての直接的メリットは、ほとんどありません。せいぜい業界に名を知られるくらいなものです。ま、目立ちたがり屋ですから、それで満足なんですけどね。

 ともあれ祭典新聞。興味深いので、ちょっと広告の一部を紹介しましょう。

①写真つきの位牌
②遺体の防腐・消臭・殺菌・清浄剤
③霊柩車のための特別シャーシ
④コフイン(英語で柩の意。始めて知りました。)
⑤弔問客への返礼用プリペイドカード

 もちろん、骨壺や線香などもいろいろあります。ありとあらゆる商売があると、改めて関心しました。

 もちろん、遺影のサービスもいろいろな形で行われています。故人が遺影を準備していない場合には、タンスの奥などからスナップ写真や旅行記念の集合写真などを掘り出して来て、それを拡大し、衣装を着せ替えたり、修正を加えたりして使うことは、皆さんもご存知のはずです。

 通常は葬儀店と契約している写真館や写真店で衣装の着せ替えなどの画像加工を行います。ところが、最新の技術はすごい。スナップ写真を葬儀店にあるコンピューターの端末で読み取り、遺影専門の画像処理会社に電話回線で送ります。そうすると、衣装の着せ替えや修正を施したデータが、これまた電話回線で葬儀店に返送され、デジタルプリンターから大きく引き伸ばされた写真が出力されるのだそうです。

 聞けばいずれも、結構いいお値段で、一瞬、耳を疑ってしまいました。事前に準備しておけば、この数分の一で済むのでは? と、私、ちょっと営業モードに入っています。

 ともあれ、その後、祭典新聞が縁となって、葬祭アドバイザーの二村さん(写真⑩⑪)や新しく設立している斎場の社長である三田さん(写真⑧⑨)に知り合うことになりました。でもって、「これからの葬儀は遺影がメインになるんですよ」なんておだてられ、その斎場のオープニング時に再び「笑う寿像・展」を開催した次第です。ついでにお二人の遺影も撮影しました。

 最近、テレビでも時折紹介されますが、自分の葬儀は自分なりに行いたい、と考える人は少しずつ多くなっているようです。もちろんこの裏には、宗教の役割の変化や、戒名や葬儀の不明瞭な価格に対する不満がわだかまっていることは、皆さんもご承知かと思います。  ただ、そうはいっても、二村さんによれば、故人の意志に従って散骨したはいいが、後々、それで良かったのかどうか悩んでしまう遺族も少なくないそうです。なんでも御自由にというわけにはいかない、心の奥底の問題があるようです。

写真の迷信。



  さくら会堂の社長、三田 弘氏。プリントを間に合わせるために、写真のセレクトは私が行いました。花祭壇に掲げられると、なんだか故人になったような気になるのは不思議です)
 さて、遺影に限らず、写真に抵抗感を感じる要因の一つに、さまざまな迷信がありますね。写真に撮られると魂を抜かれるとか、三人並んで写すと真ん中の人が一番最初に亡くなるとか、とにかく、いろいろな迷信があります。私としては、ぜひとも、写真は真実を写す、というのも迷信の一つに加えて戴きたいのですが、おそらくこれはかなり難しいでしょう。

 遺影を撮ったら、次の日に亡くなった。なんていうのは、まったく笑えませんが、これは実際にあり得ることです。「笑う寿像・展」に協力してくださった若い女性の一人は、撮影後しばらくしてガンの恐れ有りと宣告されたそうです。「遺影なんか撮っちゃったからよ」なんて笑い話をしていましたが、結局、進行ガンではないことが判ってホッとしました。勘違いしないで欲しいのですが、これらは写真に魂が抜かれるからではありませんで、一つは偶然のなせる技であり、今一つは、遺影を撮ることで「死」に対する安心感が生じるためかもしれません。

 それから迷信とは少しニュアンスが違いますが、心霊写真も、常に、多くの人の心を捕らえて離しません。これは、普通では考えられないような写りになってしまった写真の責任(失敗、作為、偶然)を、全て霊に押しつけて解決しようとする安易な心が生み出したものと言っていいでしょう。だいたい、これほど霊に対して失礼なことがありましょうか?

 幾つかの心霊写真を見たことがありますが、まあ、そのほとんどは原因がすぐに判ります。ところが、いくら考えても、どうしたらそんな具合に撮れるのか見当もつかない写真があることもまた事実です。こうした写真を見せられた時には、本当に霊的な存在を信じたい気持ちになるものです。

 でもしかし、やっぱり写真は科学だというのが私の信念であることに変わりはありません。霊を信じたい人は、それを信じることで始めて幸福になれるのですから、それでいいと思っています。邪魔だてをする気は毛頭ありません。安心して、霊を信じてください。

 話ついでに紹介しますと、写真の技術が日本に輸入されて間もない頃、薩摩の島津斉彬(なりあきら)が、その家臣に写真に撮られることを命じたところ、「人の魂を吸いとるという異国渡来の不気味な器械などに、日本魂が吸いとられるとは、祖先に対して申し訳ない。さりとて、君命ともあれば、これを如何ともなすことができぬ・・・」と、書き置きを残して切腹したという話があります。本当なのでしょうか。

 も一つ。幕府の勘定奉行、川路聖謨(としあきら)が、ロシアから来日していたモザイスキー大尉に銀板写真を写された際には、「死出の旅路につく決心で写場の人となり、命を的にかけて、義理をつとめました」などと、その覚悟のほどを日記に残しています。ところが、写された後になると「これは子孫へ伝え申すべし、と大悦びいたし候」と印象が一転します。それほどまでに、写真に撮られる事が楽しかったのでしょうか?(この2つの挿話は『評伝・上野彦馬』八幡政男著/武蔵野書房/TEL0423・26・0201を参考にさせて頂きました。)

全ての顔写真は遺影である。



  葬祭アドバイザー、二村祐輔氏。テレビでご存じの方もいらっしゃるはずです。この写真は、スタッフの女性による多数決で選ばれたものです。
 遺影が準備されていない場合には、スナップ写真や集合写真などから切り抜かれた顔写真が使われることは先にも書いた通りです。仕方がありませんものね。

 特に、大きな事故や事件で突然、死亡した場合には、新聞やテレビに写真を出すために、新聞社やテレビ局はあらゆる手を使って当事者の顔写真を集めるそうです。そこまでしなくても、と思うのはシロートでして、それが新聞の売上げや視聴率に関係するとなれば、血眼になることは想像に難くありません。

 こうした報道はほとんど毎日のように行われていますが、鮮烈な記憶として残っている事件が何年か前にありました。事件の次第はほとんど覚えていませんが、新婚旅行でエジプトあたりにでかけていた何組ものカップルが、現地のテロ活動に巻き込まれて死亡した痛ましい事件です。なぜ、これを特別に記憶しているかというと、この被害者の写真が、全てウェディングドレスやモーニング姿だっかからです。この写真に、私はなぜか強い抵抗感を覚えました。何人かの知人にこの話をすると、「他に写真が無かったからじゃないの?」と実にそっけないものでして、もしかすると、こんなことを気にする私がおかしいのかもしれません。

 ただ、ウェディングドレスやモーニング姿の写真を死亡した被害者の顔写真に使うことに、多くの人はさほど抵抗感をもっていないことは事実のようでした。それとも、事件の痛ましさを伝えるためにわざわざ結婚式の写真を選んだということなのでしょうか? そこがわかりません。

 もう一つ。被害者の家族が新聞社やテレビ局に対して、こうした写真を提供することは、ちょっと考えられないように思うのです。とすれば、式場とか写真館から流れ出たのでしょうか? これも疑問です。

 話を遺影に戻します。遺影を準備しておきたいと申し出るお客さんは、本当に少ないですが、時々お見えになります。つい先だっては秋山先生が来られました。なんだか、ちょっと照れ臭かったです。

 面白いのは、ほとんどの方が、「やはりモノクロ?」とお聞きになること。遺影はモノクロという思い込みは、多くの人に根強くあるようです。もちろんですが、バライタ紙のモノクロ写真といった具合に、ご自身の趣味でモノクロを選ぶ方もいらっしゃいますが・・・。それから年配の方では、「やはり紋付きでないと」と不安がる人が少なくありません。紋付きや家紋にこだわりがあるならそれでいいですが、わざわざ着せ替え写真のように撮る必然性など、私は全くないと考えます。

 というよりも、こうした形式を優先するのではなくて、本人らしければ、それが一番だと思うのです。あの世というのが、本当にあるのかないのかは知りませんが、もしあるとするなら、あの世で楽しそうにやっているようなイメージだったら、なおさらいい。これが私の考え方。  つい最近になって、「笑う寿像・展」に協力して下さった少し年配の女性の、その旦那さんが5月に突然亡くなられたことを知りました。遺影は準備されてなかったため、彼女自身が撮影したスナップ写真の中から「今にも喋り出しそうな表情」の写真を選りすぐり、大きく引き伸ばして部屋に飾っているのだそうです。「でもいいのよ。写真を見ていると、今でもそこに居るみたいで、なんだか安心てきるのよね」と仰います。こういうのは多分、写真館の写真では太刀打ちできないだろうなぁ、と、つくづく感じているのです。